すこし詳しい研究内容紹介

 ここからは少し専門的な話をしていきたいと思います。対象としては学部生あたりを想定していますので、専門家の方はさらに具体的な内容に進むなり、 ここから去るなりしてくださいませ。

T型量子細線
 ここでは研究対象としているT型量子細線というものについて説明していきたいと思います。
 T型量子細線は先ほども少し説明がありましたが分子線エピタキシー(MBE)装置を用いて作製される低次元半導体構造です。


作製方法

 まずは作製方法について簡単に説明します。T型量子細線は共同研究者でもある米国Bell研のPfeiffer博士らに作製していただいています。

 右の図がT型量子細線の作製手順を示したものです。
 まず始めにMBE装置を使ってGaAs基板の(001)面に量子井戸を作製します。赤い矢印が分子線を表しています。 また、色が薄いほどポテンシャルが低い(バンドギャップエネルギーが小さい)ことに対応しています。この[001]方向の成長のことを第一成長と呼んでいます。
 第一成長が終わった試料は一度MBE装置から取り出され、へき開傷を入れた後に再びMBE装置内へと配置されます。 この際、(110)面が蒸着源の方に向くように配置します。
 そしてMBE装置内でへき開を行い、そこに(110)量子井戸を作製します。これはへき開再成長法と呼ばれる手法で、高真空内でへき開することでへき開面の 酸化を防ぐことが出来ます。この工程を第二成長とも呼びます。

 そのようにして作製された量子井戸の交点部分を拡大したのが左の図です。
 第一成長で作られる(001)量子井戸をTの字の幹という意味で"Stem well"、 へき開再成長で作られる(110)量子井戸をTの字の腕という意味で"Arm well"と呼んでいます。
 青線は有限要素法によって計算された電子の存在確率を表しており、Tの字の部分に電子が閉じ込められていることがわかります。
 このT型量子細線においては結晶の(110)面の結晶成長が(001)面と比べて難しく(ダングリングボンドが少ないため)、  (110)量子井戸の界面ラフネスがT型量子細線の品質を長い間制限していました。
 そこで、我々のグループでは界面ラフネスを抑えるために成長中断アニーリング法という方法を開発しました。
 右の図はこの方法を適用したものとしていないものの(110)量子井戸の界面をAFMによって観察したものです。 適用した場合は原子的にも平坦な界面が作製されていることがわかります。


特徴

次にT型量子細線の特徴(長所・短所)について簡単に説明していきます。

長所1. 均一性が非常に高い
 上で説明したように成長中断アニール法によって界面ラフネスが激減したことで、T型量子細線の均一性は著しく向上しました。
 均一性が高いと、不均一性によって分離観測できなかったものが分離観測できるようになったり、 不均一性に依存せず純粋な一次元系における量子効果を議論することができるようになります。これはナノスケールの物性研究においては本質的に重要です。

長所2. 構造を高い精度で制御できる
 作製自体は少々トリッキーな方法を使いますが、結晶成長自体は既に熟練したMBE成長技術を用いていますので細線のサイズや組成を高い操作性で制御できます。 これによって系統的な評価を比較的簡単に行うことができます。

短所1. 作製するのが非常に難しい
 作製方法を見てもわかるとおり、T型量子細線は量子井戸や自己形成型量子ドットに比べて作製が難しいというデメリットがあります。 MBE成長自体は一般的なものの、MBE装置内でへき開をできるようなところは世界中でもそう多くありません。

短所2. 品質が作製条件に強く依存する
 これも上の作製が難しいということに広義では含まれるのですが、T型量子細線はかなり繊細かつ複雑な工程を踏んでいるので少し条件がずれてしまうだけで 均一性の著しい低下やそもそも細線が形成されないなどの事態が発生します。


なぜT型量子細線か? 

 以上のようにT型量子細線は作製は困難なものの均一性に関しては世界一といっていいほどのレベルですので、次元性以外の要因を排除した状態で、純粋な一次元系としての性質を調べることができます。 すぐにT型量子細線を応用化するということはできませんが、一次元系としての限界や現状の理論では追いきれない現象を調べることによって、 低次元系における物理を発展させることができます。これは、2次元(量子井戸)と0次元(量子ドット)の間をつなぐという意味でも非常に重要だと思います。
 そのため、私たちは敢えてT型量子細線を使い、敢えて通信波長帯ではなく格子整合のとれたGaAs系を対象として研究をしています。 先を急ぐのも重要ですが、しっかりと足場を固めていく存在もそれと同じくらい重要なのではないかと個人的には思います。


 さらに具体的な内容が知りたい方はこちら