規則的に並ぶピラミッド型量子ドットを埋め込んだフォトニック結晶の顕微光学評価
ここ数年にわたり、半導体を用いて光と電子系(ホールを含む)を人工的に制御する研究が盛んに行われている。
光を制御するためには、光の波長スケール(ミクロンスケール)での周期構造を利用したフォトニック結晶の研究が世界的に盛んに行われている。半導体バンド構造とのアナロジーから“フォトニックバンド”が提案され[1]、光を効率よく閉じこめることによる低しきい値レーザーや低損失導波路の提案、および初期的な実証が数多く報告されている[2,3]。
一方で電子系を制御するために、原子スケール(ナノスケール)での閉じ込め構造をもった半導体量子ドットの研究も、最近では単一量子ドットの分光技術が発展したことにより基礎物理の分野でより深い研究が進められている。ドット内部での電子状態をs - 軌道、p - 軌道という原子とのアナロジーで考えることも可能となり[4]、測定スペクトルと波動関数とを精密に対応づけることができるようになった。
このように人工的に光と電子系を自在に制御できるようになった今日において、今後の基礎物理の重要な課題は光と電子系両方を人工的に制御しその相互作用の様子を理解することにある。光と電子系双方を非常に狭い領域に閉じ込めた構造においては、非線形効果の増大など新たな物理現象の発見が期待できる。また半導体量子ドットは鋭い状態密度ゆえ低しきい値レーザーが実現されるので[5]、この特性を光の局在を利用したフォトニック結晶と組み合わせれば相互作用の増大に起因する非常に性能の良いレーザーが実現されるはずである。
本申請において私は、光と電子系双方を精密に制御した構造を作成し、光学的評価からその新たな特性を理解することを目的とする。説明の都合上、まず「何を測定するか」(具体的な試料構造)を述べその後に「どのような研究手法を用いるか」を具体的に述べる。
[何を測定するか]
本申請における測定対象物質は、光と電子系双方を制御する「フォトニック結晶と量子ドットとを組み合わせた試料」である。それを具体的に実現するために、規則的に並んだピラミッド型量子ドットを埋め込んだフォトニック結晶を利用する。実際にどのような構造を提案するかは、本研究における成功の一つの大きな鍵である。
<ピラミッド型量子ドットとは何か> 最近、人為的に量子ドットの位置、形状およびサイズを正確に制御できる "ピラミッド型量子ドット"が提案されており[6]、その電子状態も非常に精密に求められている[7]。ピラミッド型量子ドットの電子顕微鏡写真を図1に示す。この量子ドット構造は半導体基板上に人工的にピラミッドパターンを電子線描画装置で彫り、有機金属気相成長法の選択成長を用いて作成する。量子ドットはピラミッドの尖端に形成される。
一方、ピラミッド全体に渡り屈折率の異なる半導体を埋め込むことで、容易に周期的なフォトニック結晶を作成できる(ピラミッド型フォトニック結晶)。周期的なフォトニック結晶一個一個に量子ドットを埋め込むことができ、量子ドットも規則的に並べることができる。私はこの周期構造をスラブ型導波路構造と組み合わせることで光もまた効率よく閉じ込め、量子ドットに閉じ込められた電子系との相互作用を理解したい。
電子系を閉じこめるピラミッド型量子ドットの特徴としては、
(1)一般的な「自己組織化」量子ドットと異なり、人工的に量子ドットを埋め込む位置を規則的に制御できる。
(2)選択成長を用いているので、非常に均質な量子ドットが作成できる。
(3)量子ドットの密度も自在にコントロールできるので、単一量子ドット分光も可能である。
などがあげられる。
また、光を閉じこめるピラミッド型フォトニック結晶の特徴としては、
(1)リソグラフィーの間隔を変えるだけで、容易に周期間隔をコントロールできる。
(2)人為的に周期構造を作成できるため、光欠陥の導入も容易である。
などがあげられる。
ピラミッド型量子ドット自身の物理は既に詳細に調べられているが、それを光との相互作用の観点から研究されたことはない。ピラミッド型量子ドット構造をピラミッド型フォトニック結晶と組み合わせる研究が、研究の新展開として位置付けられる。 人為的に位置や形状を正確に制御できるピラミッド構造は、基礎物性を調べる上で非常に適切な構造であり、他の一般的な不均一で位置を制御できない量子ドット構造では得られないインフォメーションが得られることが期待される。
[どのような研究手法を用いるか]
測定手法には、顕微鏡をもちいたミクロな光学測定手法(顕微光学測定)を用いる。顕微光学測定では、1ミクロン以下の分解能での測定が容易に実現でき、とくにミクロンスケールのフォトニック結晶の測定には最適である。具体的には、クライオスタットと組み合わせた低温での顕微光学配置を用いて、
・ 波長可変レーザーを用いたフォトニック結晶の透過・吸収スペクトル測定およびその偏光依存性
・ 顕微発光・顕微イメージング測定
・ パルスレーザーを用いた時間分解測定
・ 量子ドットの発光偏光測定 などを行う。
[どこまで明らかにしようとするのか]
物理的に得たいインフォメーションとしては次の3つが挙げられる。
(1)ピラミッド型量子ドットを埋め込まないフォトニック結晶の透過特性を調べる
(2)ピラミッド型量子ドットを埋め込んだフォトニック結晶の透過特性を調べる
(3)フォトニック結晶に欠陥を埋め込み、光の局在の様子を調べる。最終的に局在した光と電子系との相互作用を求める。
<(1)について>
まず始めにフォトニック結晶の基礎特性を理解する必要がある。フォトニックバンドギャップの位置、その結晶サイズおよび配置依存性、温度特性、偏光依存性である。この計測により、「どのような構造を作成すればどの発光エネルギーにフォトニックバンドが形成されるか」が明らかとなる。
<(2)について>
次に単一のピラミッド型量子ドットの顕微発光スペクトルおよびその偏光依存性を取得し、発光ピークの同定から量子ドットの電子状態(ホールを含む)を正確に把握する。
そして試料の吸収スペクトルを測定することで、量子ドットがフォトニック結晶内に存在することで、光の吸収にどのような変化が生じるかを調べる。
最後にフォトニック結晶の周期を変えることで、量子ドットの発光・吸収波長がフォトニックバンドギャップ内部にある場合とない場合の比較を行い、フォトニックバンドによる光の閉じ込め具合を定量的に見積もる。
<(3)について>
量子ドットの発光・吸収波長がフォトニックバンドギャップ内部にある場合、光が外部に漏れ出さないため、試料内部では光が急激に密度を増して、高い非線形効果が実現していることが予想される。
試料に欠陥を導入することで、試料内部の光の一部を外部に取り出し、時間分解測定を行うことでキャリアのダイナミクスを調べる。
光の非線形効果に起因する光学利得の増大などの物理現象が観測されることが予想され、応用上新たなレーザー構造の実現にも貢献できるものと期待できる。
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図1:ピラミッド型量子ドットの電子顕微鏡像(論文7より)。 ピラミッドの頂上に量子ドット(QD)が存在する。図のように、非常に規則正しく単一量子ドットの配置を制御することができる。このピラミッド型量子ドットの研究は、私が海外特別研究員として申請を希望するProf. Kapon のグループの仕事であるが、私はこの構造に光の波長スケールでの周期構造を導入し、スラブ型導波路構造と組み合わせたフォトニック結晶を作成し、その光学特性を測りたい。 |
<参考文献>
[1] レビュー記事として;J. D.
Joannopoulos, Nature (1997), 386, 143.
[2] J. C. Knight et al., Science (1998), 282, 476.
[3] O. Painter et al., Science (1999), 284, 1819.
[4] M. Bayer et al., Nature (2000), 405, 923.
[5] Y. Arakawa et al., Applied Physics Letters (1982), 40,
939.
[6] A. Hartmann et al., Applied Physics Letters (1998), 73,
2322.
[7] A. Hartmann et al., Physical Review Letters (2000), 84,
5648.
[本研究の特徴]
フォトニック結晶内部に、量子ドットのような量子構造を埋め込むことは、光と電子系との相互作用を考える上で重要な次ステップであることは、広く認識されている。ピラミッド型量子ドットを埋め込んだフォトニック結晶は、人工的に位置を規則的に、そして精密に制御でき非常に一様な量子ドットをすべてのフォトニック周期構造に1つずつ埋め込むことができる。これは、従来のひずみを利用した自己形成量子ドットでは決してなしえない構造であり、精密に相互作用の物理現象を知る上では欠かせない技術である。また私は、「局在化した光と電子系の相互作用についての基礎的な物理現象を理解する」という立場から、量子ドットとフォトニック結晶を組み合わせた構造の低温における光学特性を理解することを目的とする。現在までのところフォトニック結晶の研究は室温での計測が主流であり、低損失の導波路を形成するといった応用上の観点で議論されることが多い。また現在までのところ室温での研究のため、フォトニック結晶構造の物理現象、特に量子閉じ込め構造による光の吸収・増幅現象について詳細に理解する研究が進んでいるとはいい難い。物理現象を詳細に把握するためには、低温での測定が不可欠である。本研究は基礎物理的な観点から非線形効果の増大など新たな物理現象が見出される可能性を強く秘めている。私は低温での顕微光学測定について十分な経験があるので、その経験が新たな発見に結びつく可能性が高いと確信している。
[スイスで研究する意義]
私が派遣先として希望するProf. E. Kaponのグループは、量子細線および量子ドットの作成において世界一高品質な(一様性が高い)試料を作成できるレベルを誇っており、それ生かした論文は数多く著名な雑誌に出版されている。彼らは人工的に制御しやすいパターンから結晶成長を出発して、形状を非常によくコントロールできる量子構造を作成する技術をもっている。これはとりわけ現在、自己組織化のため人為的な制御の非常に難しい量子ドットの作成、あるいは非常に正確な周期性が要求されるフォトニック結晶の作成にとって強い武器となる。最近ではこのグループはピラミッド型量子ドットの研究に力を入れており、それをフォトニック結晶と組み合わせる私の研究を心から喜んで受け入れてくれた。またこの研究室では、結晶成長装置からプロセス装置、透過電子顕微鏡、光学測定システムなど、半導体構造を評価するシステムが一通りすべてそろっている。さらに結晶成長、光学測定、電気伝導測定、数値計算についてプロフェッショナルな技術者が一人ずつ配置されているので、彼らと密接なコミュニケーションをとることで世界的に非常にレベルの高い研究ができることは間違いがない。成長専門家、測定専門家、計算専門家が一ヶ所に集中する研究室の強み(時間的な面でも、コミュニケーションの面でも)を私は非常に良く知っている。フォトニック結晶の研究は未だ黎明期で、特にミクロな物理現象の把握はほとんどなされていない。このような現状において非常に高い結晶成長の技術をもつProf. E. Kapon のグループで研究することは、新しいフォトニック結晶の物理を切り開くのに最適の機会である。